2010年12月20日

FF百人一首もくじ


   FF百人一首もくじ


     1.あきのたの
     2.はるすぎて
     3.あしびきの
     4.たごのうらに
     5.おくやまに
     6.かささぎの
     7.あまのはら
     8.わがいほは
     9.はなのいろは
     10.これやこの
     11.わたのはら
     12.あまつかぜ
     13.つくばねの
     14.みちのくの
     15.きみがため
     16.たちわかれ
     17.ちはやぶる
     18.すみのえの
     19.なにはがた
     20.わびぬれば

     21.いまこむと
     22.ふくからに
     23.つきみれば
     24.このたびは
     25.なにしおはば
     26.をぐらやま
     27.みかのはら
     28.やまざとは
     29.こころあてに
     30.ありあけの
     31.あさぼらけ
     32.やまがはに
     33.ひさかたの
     34.たれをかも
     35.ひとはいさ
     36.なつのよは
     37.しらつゆに
     38.わすらるる
     39.あさぢふの
     40.しのぶれど

     41.こひすてふ
     42.ちぎりきな
     43.あひみての
     44.あふことの
     45.あはれとも
     46.ゆらのとを
     47.やへむぐら
     48.かぜをいたみ
     49.みかきもり
     50.きみがため
     51.かくとだに
     52.あけぬれば
     53.なげきつつ
     54.わすれじの
     55.たきのおとは
     56.あらざらむ
     57.めぐりあひて
     58.ありまやま
     59.やすらはで
     60.おほえやま

     61.いにしへの
     62.よをこめて
     63.いまはただ
     64.あさぼらけ
     65.うらみわび
     66.もろともに
     67.はるのよの
     68.こころにも
     69.あらしふく
     70.さびしさに
     71.ゆふされば
     72.おとにきく
     73.たかさごの
     74.うかりける
     75.ちぎりおきし
     76.わたのはら
     77.せをはやみ
     78.あはぢしま
     79.あきかぜに
     80.ながからむ

     81.ほととぎす
     82.おもひわび
     83.よのなかよ
     84.ながらへば
     85.よもすがら
     86.なげけとて
     87.むらさめの
     88.なにはえの
     89.たまのをよ
     90.みせばやな
     91.きりぎりす
     92.わがそでは
     93.よのなかは
     94.みよしのの
     95.おほけなく
     96.はなさそふ
     97.こぬひとを
     98.かぜそよぐ
     99.ひともをし
     100.ももしきや

     あとがき







posted by 無名歌人 at 10:00| Comment(2) | TrackBack(0) | FF11百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

あとがき


 最後の記事になると思いますので、なぜこのようなものを作ろうと思ったのか、書いてみようと思います。

 2009年6月にFFXIVが発表されたときに、私の周りでは、このゲームの終末を語る人がとても増えました。もちろん私もこのゲームの未来は長くないのだなと直感しました。その時から、このゲームの意味について考えるようになったように思います。
 多くのプレイヤーは、FFXIでクエストの攻略やアイテムの取得を重要な目標と位置づけてプレイをしていると想像します。製作者ももちろんそのようなプレイを想定していると思いますので、そのようなプレイを行うことには問題はないと私は考えます。クエストやアイテムは一種の消費物とも言えるように思います。攻略されたクエストは、再チャレンジ不能なものはキャラクターを変更しないかぎりプレイされることはありません。再チャレンジ可能なものであっても、初チャレンジの時の感動を二度以上提供してくれる場合は少ないと想像します。アイテムにしても、多くのプレイヤーが取得し、そのアイテムの優位性が損なわれるに従い、そのアイテムの持つ魅力が次第に失われる(消費される)と思うのです(このようなプレイスタイルを仮に第一のプレイスタイルと呼びたいと思います)。したがって消費されたFFXIが価値を失い、そして新しいゲームに移行することは自然な流れのようにも思えます。
 しかし、クエストやアイテムを目的としないプレイを楽しむプレイヤも少ないながらも存在するように思います。たとえば、NPCやその他のヴァナ・ディールの風物を題材に小説や漫画などの二次創作物を作成しているプレイヤーが例として挙げられます。また、バリスタ等のPvPプレイ(私はこの分野について全くの素人でよくわからないのですが)において有効な戦術を立案したり、チームの運営を通じた経験を一般化して組織論にまで発展されている方もおられるようです。またここまで高度な活動までは至らなくても、NPCやヴァナ・ディールに存在する国家等の組織に対して深い思い入れをもって仲間と語り合うような行為については日常的によく目にするかと思います。このような、ヴァナ・ディールに存在する素材をもとに各自が知的利用を図る行為については「消費され、価値を低減させるのではなく、むしろ時とともに価値を増していく可能性がある」と思うのです。さらに一般的に見られるLS等を通じた新しい社会の形成などもそのような傾向があるように思います(これらのプレイスタイルを第二のプレイスタイルと仮に呼びます)。
 もし、FFXIVがリリースされ、FFXIがそれとともにサービス終了になるのであれば、それは第一のプレイスタイルである消費されるプレイによりFFXIが価値を失ったのであるという判断に基づいたものと考えられますが、第二のスタイルに基づいた価値は、未だヴァナ・ディールに存在しており今後さらにその価値を増していく可能性があるにも関わらず、それを葬り去ることを選択したことになります。私は、ヴァナ・ディールの様々な風物をとても愛しておりますので、そういうものを永久に失うことはとても残念なことだと思いました。自分は、上手に絵を書いたり、人を感動させる小説を書いたりする能力は全くないけれども、この世界の魅力を語る作業のほんのわずかな一翼を担うような努力をしてみたいと思ったのです。そしてこの作業に取り掛かるようになりました。

 何故、短歌だったのかを述べてみたいと思います。最近の人々は文章を読むことを嫌う傾向があるということをよく耳にします。おそらくこのあとがきの長さについても、ほとんどの人の忍耐を大幅に超越する長さとなっていることでしょう。もし読んでもらいたいのなら、文章は短くしなければいけないと思いました。短い文章に多くの思いを込めるには短歌はとてもよい手段になるはずです。そのような考えと、昔、読んだ筒井康隆氏の『裏小倉』の感動とが結びつき、百人一首の替え歌のヴァナ・ディール版を作ってみることを思いつきました。筒井氏はプロの小説家ですから、文章だけで人を楽しませることができますが、私のような素人には、それだけの能力はありません。そこで、原典と意味を同時に掲示し、原典からどのように改変されたかが一目でわかるようにすることと、スクリーンショットを同時に表示して、歌に詠まれた状況を想像しやすくすることにより、わかりやすくすることにしました。そしてこれまで掲示したような態様となったのです。

 百個の歌を作り上げ掲示する過程で複数の方の力に支えられました。私のこの取るに足らない創作を力強く支えてくださったみなさんに深く御礼を申し上げます。
 特にお礼をしたいのは、度々コメント欄に感想を書いてくださったJameさんとどらみさん(あいうえお順)です。どらみさんとJameさん(アルファベット順)が度々感想を書いてくださることにより、しっかり文章を読んでくださる方がちゃんと居られることがわかりました。これは創作を途中で投げ出したいという悪魔の囁きに対抗する上で、私にとってとても大きな支えになったと思います。どうもありがとうございました。
 私の知らない間にリンクを張ってくださっていたこよろさんにお礼を申し上げます。ネットサーフィンをしていてたまたま見たプログに自分のブログのリンクが張ってあるのを見たことは、私にとってとても感動的な体験でした。自分の知らないところで見てくださる方がおられるということが心の支えになりました。
 当プログ開設後まもなくリンク設定をお知らせしてくださったNananさんにお礼を申し上げます。ブログ開設直後というのは創作への決意も希薄なもので、いつやめてもおかしくない程度のものでした。そういった中で、リンク設定のお話があったことは、この活動を前進させる大きな力になったと感じます。
 mixiの方に度々感想を寄せてくださったといちさんにお礼を申し上げます。FFXIキャラの色っぽい絵や愛らしい絵を掲示されておられますが、二次創作をされている方に興味を持っていただけることはとても光栄なことでした。
 アクセス解析の結果、GoogleやAmazonのBOT以外に度々当サイトを訪れて下さっている方がおられるということを把握しています。お名前はわかりませんが、そのような方がおられるということは私にとって大きな喜びでした。度々ここを見てくださった方にお礼を申し上げます。
 おそらくは故人となってしまったであろう最良の友人Nさんにお礼を申し上げます。Nさんはヴァナ・ディールをあまりにも深く愛していたので、末期癌の病床の中からノートパソコンでヴァナ・ディールにやってきて、ここにこないと体調が悪くなるとおっしゃっていました。あなたのように深くヴァナ・ディールを愛している人がいるとわかっていたからこの活動を続けることができました。もしあなたが、それを受け入れてくださるなら、この歌集をあなたの魂に謹んで捧げたいと思います。



2010年10月9日
無名歌人


 
ラベル:FF11 Bismarck
posted by 無名歌人 at 11:13| Comment(8) | TrackBack(0) | FF11百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

100. ももしきや

(原典)
ももしきや ふるきのきばの しのぶにも 
  なほあまりある むかしなりけり 
                         順徳院

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ももしきや.jpg


ももひきや ふるきぜれはに しのぶれば

なほたえがたき にほひなりけり



(意味)
  股引であるとか、古いゼレハを装着したガルカの股下に忍び込む行為は、ただでさえ臭いガルカの周辺に於いて一層耐え難い異臭のする場所に身を置くことに他ならず、とても薦められる行為ではないといえる。


(原典の意味)
 内裏の古くなった軒の端っこに生えている忍ぶ草を見て昔を懐かしく思ってみると、偲んでも偲びきれないほど華やかだった昔が思い出されることだなあ。





ラベル:Bismarck FF11
posted by 無名歌人 at 20:13| Comment(3) | TrackBack(0) | FF11百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

99. ひともをし

(原典)
ひともをし ひともうらめし あぢきなく 
  よをおもふゆゑに ものおもふみは
                          後鳥羽院

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ひともをし.jpg


いともよをし ひとのやしきに かわやなく

よをおもひやれば どのやしきもなし



(意味)
 猛烈に催して我慢できずに他人の家に飛び込んでみたが、どこにも便所がない。考えてみればヴァナの世界中のどの家屋にも便所がないではないか。いったいどういうことなんだ。


(原典の意味)
 ある時には人を愛しく、またある時には人を恨めしく思ってしまうものだ。特に、このつまらない世の中の行く末を案じるがゆえに物思いに耽ってしまう私のような人間にとっては。




ラベル:FF11 Bismarck
posted by 無名歌人 at 20:37| Comment(2) | TrackBack(0) | FF11百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

98. かぜそよぐ

(原典)
かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは 
  みそぎぞなつの しるしなりける
                        従二位家隆

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かぜそよぐ.jpg


かぜふかず あせのをがはの みやこでは

みずぎでなつを やりすごしける



(意味)
 ジュノの都の夏は、風が吹かないし、まともに装備を付けていると汗が小川のようになって流れ落ちる日々ですので、毎日水着を着て暑さをやり過ごすのが普通なのです。


(原典の意味)
 風がそよぐ御手洗川の夕暮れ時には秋のような気配が感じられるけれども、まだ夏だという証拠に六月祓が執り行われているのだなあ。



ラベル:FF11 Bismarck
posted by 無名歌人 at 20:10| Comment(2) | TrackBack(0) | FF11百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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